なぜ姦淫は罪なのか?

あちのすけさんの質問に答えるのに、エキサイトに「文字数が多すぎ!」と言われてしまいました ^_^;

というわけでこちらに書かせていただきました...

なぜ姦淫は罪なのでしょうか?

あちのすけさんが言われるとおり、姦淫は、夫婦互いが交わり一体となる努力を怠ること、という面からも良くないこと、と言えると思います。

結婚するときに、良いときも悪いときも富めるときも貧しいときも病めるときも健やかなときも死が二人を分かつまで、自分のパートナー「だけ」を愛することを誓うなら、姦淫はその誓い─契約─を破ることも意味するでしょう。

 あなたたちは、なぜかと問うている。
 それは、主があなたとあなたの若いときの妻との証人となられたのに、
 あなたが妻を裏切ったからだ。
 彼女こそ、あなたの伴侶、あなたと契約をした妻である。
 主は、霊と肉を持つひとつのものを造られたではないか。
 そのひとつのものが求めるのは、神の民の子孫ではないか。
 あなたたちは、自分の霊に気をつけるがよい。
 あなたの若いときの妻を裏切ってはならない。
 ─マラキ書2章14節と15節

姦淫をされても平気、という特殊な人もいますが、普通は姦淫されると「裏切られた」と感じるでしょう?

姦淫はそのような苦痛を自分のパートナーに与えること、すなわち自分のパートナーを愛さない行為であるとも考えます。

でも結局のところ、神が「一人の男性と一人の女性が生涯愛し合うこと」を良いこととし、姦淫を悪いことと定めたので、姦淫は罪、というところに終着するしかないようにも思います。

なぜ神は人が自由にセックスを誰とでも楽しむことを良しとしなかったのか?

僕には分かりません。

でも僕の経験では、神が良しと定められたことが本当に良いことでそれ以外のやり方は一時的に自分に良いように思えても、長期的には結局良くなかったというように思えてなりません。

なんだか長々と書いてしまいましたが...

率直なご質問は大歓迎です♪
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by hajimac | 2007-10-12 22:44 | エッセイ